閉店までまだ間がありますので その4(友人のこと)

さんりんしゃ

2018年03月21日 14:45

お座敷イタリアン さんりんしゃです。

2年半という短い期間でしたが、ほんとにびっくりするぐらい知人友人が駆けつけてくれました。
学生時代の友人はじめ、前職の職場の方、妻の知人友人、息子の友人のご家族など数えきれません。

テレビ放送があったおかげで、中学時代の同級生やら先生、学生時代のバイト仲間まで来てくれました。
私もアラフィフなので、中学の同級生なんて30数年ぶりとかに会う訳です。

皆様も、もし昔の友人に会いたいなあと思ったら、お店を始めることをお勧めします(笑)

お店を始めることは、私にとって学生時代から持ち続けた夢でした。
最初、某イタリアンレストランに勤めたのですが、色々あって辞めてしまいました。
一度諦めかけて、全く違う安定した仕事を10年ぐらいしていました。

でも諦めきれない。
最初のイタリアンでの経験が強烈に残っていて、みんなが楽しめるレストランを作りたい!

よしイタリアンのコックになろう!
そう決心したものの一体どっからはじめればいいのかわからない。
もちろん妻にも話をし、びっくりされましたが、わかってもらえました。
(ここのクダリも話せば長いのですが、割愛します。)

そんなとき友人達と旅行に行く機会がありました。
私の車には親友の川宮くん(仮名)と、私の妻が同乗してたと思います。新緑の長野の山道を走りながら話をしていました。
ラジオからはスティーリー・ダンが流れていたような、ないような。

川宮くんは学生時代からの友人です。
彼には、「いつかお店をやりたい!」という話はよくしていました。

「俺、今の仕事辞めてコックになろうと思う。やっぱ店やりたいんだよね。」

「そっか」

「イタリアンやりたいんだけど・・・どっから初めていいか・・・」

「まあ出来るところからやればいいんじゃないの?」

「いっそのことイタリア行っちゃおうかなあ。日本のお店でいいお店に出会えるかわからないし・・・」

「・・・・」

「どうしようかなあ・・・・」

「そんなに慌てることないよ。いきなりイタリア行くよりは、日本でできることやってから行けばいいし。イタリアは逃げないよ。」

彼はそう言ってくれました。

「イタリアは逃げないよ。」
その言葉に後押しされ、私はまず、日本のイタリアンのお店を見つけて修行しようと決心しました。
そして安定した事務職を辞め、ついにイタリア料理の世界に飛び込むのでした。
(続く)

写真は新緑の長野を走った当時の私の車。
(この小ボケにどなたかツッコミお願いします。)

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